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薄荷塔日記

飛び石を渉れない。

tap-tap


 眠れない、食べられない、外出出来ない、冷静になれない、という状況で、夫に「すみませんが1時間早く帰れますか」とLINEをした駄目な人間。であるところの私。というより最低限の冷静さが、連絡という手段だけを行使出来た。
 薬を変える為に一時減薬したので参っています。それから摂食障害とまではいかないのですが、私は元々、独りでいると何を食べて良いのか分からない面があります。自律しろよ! って感じですが、これでも高校を出てから数年間独りでごにょごにょ生きていたし、衣食住の補助をして貰う為に結婚したわけではないので、(夫に依存しているひと)みたいな風に蔑視されると憤慨してしまうのですが、頼ってはいますね……。そして助け合いとかそういうものがよく解らないので、申し訳ない・私はよろしくない・悪人である、と思います。認知か? 認知の歪みって語、ちょっと流行してます?

 夫に食事を買ってきて貰い、それとは関係無く予定通り通院。今日は医師が初めて私に医療的行為をしたのでびっくりしました。と云っても「セロトニン症候群かも知れません」と云ったら腕をコンコン叩かれただけなのですが。

 前に別件で「今まで一度もその質問をしたことないですよね?」と問うたら「一度もってことはないでしょう一度も!!!!!!」と激昂されたので、初めて医療的行為をされましたという表現も見つかったらぶち切れられると思います。精神科によくある話でしょうが、だっていつも前回と同じ処方箋書いたことしかないじゃんね。それにしてもリチウムを摂取している電池人間の私が「そろそろ血液検査で〜〜の値とった方が良いと思います」と定期的血液検査のことを提示して初めて「それは良いアイディアですね」とか云うキミのことなんて知らない。
 その、以前問い詰めた回の通院日は、診断書やらなんやら全部違うではないかと指摘した私と医師の対決のような問答の日で、診察室の外まで医師の文句と言い訳の怒り声は響き、私は醒めたツラして「そういう喧嘩みたいなの止めません?」と云い放ち、いつも口も利けないような容態の私が詰問対決をしたあと、翌日から数日間寝込んだのでした。何だよその被害。

 帰りにカマタ商店に寄ろうとしたら、もう暗くなっていました。夜になって仕舞いになったようです。残念。明日は京都のカマタ店に行きます。大阪のカマタ商店はカマタさんのお母さんが、カマタ店にはお兄さんご夫婦が経営していらっしゃるのです。

   

Maidens

 過去にその日記が大好きだった、そのひとが、久しぶりに日記(ブログ?)を書いていらっしゃったのでとても嬉しかった。実に4年振り。そのブログに移転する前、その彼女も私もはてなダイアリーを使っていて、「はてな乙女」というクラスタに入っていた。「乙女リング」というはてなダイアリー機能のリングに入っていたり、twitterはまだあまり普及していなかったり、2ちゃんねるに「はてな乙女ヲチ」というスレが立って荒れたりしていた。ヲチャって何? とその頃ひとに尋ねて、watchersだよと聞いたけれど、私はまあしょうがないか……という感じで、はてな乙女たちは愛おしい日記を書いたりスイーツの写真を載せたり、手芸をしたりモレスキン手帖にコラージュを貼ったり諍いをしたりしていた。私も友人のことを日記で酷く書いてしまったりした(どうして口で話せなかったのだろう、酷い人間だった)。荒れたと書いたけれど、でも本当は全体に可愛らしかったな、と思う。

 はてなアンテナで大体のはてな乙女が把握出来て、日記に飛んでいっては楽しく閲覧していた。だから多くのひとが知っている女性ででも知らない女性で、そして今はもうはてなダイアラーはあまりいない。はてなリング機能は無くなってしまったし、私もはてなブログを使うようになった。はてなダイアリーはプライベートモードにしてメモを書き込んだりしている。はてなダイアリーに残っているひとも少しはいて、はてなブログに移行したひとと、公開日記を書かなくなったひとがいる。mixiやFB、twitterのみを中心にするようになったひとも。

 そう、あの頃は「ブログ」というよりそれらは「日記」だった。はてな乙女は大体は独身で、そして結婚してはてなダイアリーを書かなくなったひともいた。育児日記を書くひともいた。メンヘラ──現在で云う性格的なメンヘラではなく、精神科に罹っている軽度から重篤の、そして私もそのひとりだったが──もPMSの重さに悩んでいるひともいた。再度云うと荒れたりしたとか書いたけれど、でもなんだか可愛くて楽しかったな、と時々思い起こす。乙女、乙女っていっていた女子たちは一般的視線で見てどう見えるのだろう。ひとつ思うのは、あの文化はクリエイティヴだった、ということだ。素敵なものを素敵だと記述することの単純な必然性が生きていたように思う。現在のブログ文化は、何処かに所謂〈マウントを取る〉側面がある気がする。

 兎に角、読んでいるだけで幸せになる大好きなひとが──顔も名前も知らぬ女性が、ただ私にとって愛しい愛しい娘さんがいらっしゃることは知っている──4年振りに文章を認めていらっしゃって、私は眠れない明け方、とても幸せになったのだった。


    

pianoforte

氷のように枯れた瞳で僕は大きくなっていく
だれもよせつけられない異臭を放った宝石

 ピアノを自宅に置かなくなった母が悲しみのあまり入手した電子ピアノを、ピアノが自宅に戻ってきた母より借りてきた(ややこしいですね)私がへたっぴに弾いているので、コンヴィニで楽譜をプリントしてきました。コピー機のコンテンツプリントで400円前後で印刷出来ます。

 自宅のプリンタからでも印刷する購入方法があることと、コンビニで突然欲しいなと思ってもスマートフォンで検索しないとコンテンツ番号が出て来ないので、一応リンクを貼っておきますね。

 楽譜: 宝石 / タテタカコ : メロディ - ぷりんと楽譜
 楽譜: 宝石 / タテタカコ : ピアノ(ソロ) / 中級 - ぷりんと楽譜


   &


 「宝石」は映画『誰も知らない』という実在事件(巣鴨子供置き去り事件)をモデルにした映画のテーマ曲です。とても痛ましい事件と経緯だと思いながら、映画には平常ではない生活の中でもえも言われる柔らかな子どもたちの幸福感が映り見えて、このYouTubeに断片を編集されている場面だけでも泣いてしまいます。

誰も知らない [DVD]

誰も知らない [DVD]

「誰も知らない」ができるまで [DVD]

「誰も知らない」ができるまで [DVD]


 2014年、鳥久保咲人さんの同人誌のアンソロジーに、泉由良名義で同じ事件を題材にした短篇「氷雨の子どもたち」を寄稿しました。

あるアパートにて、

あるアパートにて、

  • 作者: 掲載順/秋月千津子,伽十心,泉由良,秋山真琴,未青藍,白河紫苑,久地加夜子,霜月みつか,秋山写,鳥久保咲人
  • 出版社/メーカー: 密林社
  • 発売日: 2014/06/04
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログを見る
 

poetnote

 一晩で電子書籍は組み上がった。その一晩を過ごす為に何日間なにもしない日々を過ごしてきたのか、そういう無為なことが多い。それともそういう時間ののちにタイミングが訪れるのだ、と云ってみるのか。これは言い訳がましいだろうか?

 ポエトリースラムジャパンは一種のお祭り、お祭り騒ぎが終わったら日常に戻ってゆくようなひとが多いのかも知れない。何が詩なのかスラムとはなんだったのか感想を述べるのは発作的一時的なものだったのかも知れない。私はPSJとは無関係に日常的に詩のことは考えているので、(気持ちのなかでの)イヴェント時から日常に帰ってゆくということが解らない。そういうことでいいなら勝ったり負けたり笑ったりすることが一番大事で、詩はどうでもよかったのかな、上手く云えないな。ブログなのに上手く云えないというのはどういう無能だろうか。原稿を頼んだことについて少し揺らぎがある。
 揺らぎ。
 オープンマイクやライヴで詩を読んだら、名前の示す通りゆらゆらとした朗読、とMCが入ったことが何度かある。たぶん感想が無かったか感想が述べられなかったかどちらかだと思う。

 金曜に現代詩手帖が届く予定。
 図書館で借りようと思ったら蔵書に無かった。検索したところ全国的に、現代詩手帖を置いている公共図書館が少ない。何か理由があるのだろうかと考えてしまう。現代詩手帖を検索すると、Amazonより上位に思潮社が来る。こんな雑誌はあまり無いように思っている。
Amazonに無くても思潮社のHPから通信販売で買ってください」
 と、twitterにpostする詩集を発行したひとがいる。何か理由があるのだろうかと考えてしまう。詩集を出すに中って、詩原稿よりも予算を心配する詩人という層。芸術家にはギャランティが発生して欲しい。記念碑の自費出版は悪いことだとは思わないが、他人の思想や出版の社会に及ぼす影響としては如何なのだろう。

 兎に角、現代詩手帖を買いました。ダダ・シュルレアリスム特集だったのでまあいいかと思いました。来月号などは値段が跳ね上がってみるので買いたくないなと思ったりします。大学図書館にあるのかな。

現代詩手帖 2017年 03 月号 [雑誌]

現代詩手帖 2017年 03 月号 [雑誌]

現代詩手帖 2017年 02 月号 [雑誌]

現代詩手帖 2017年 02 月号 [雑誌]

 2月号も先日買ったのです。もう充分なお布施ではないでしょうか。ただ、投稿欄に古溝真一郎さんが掲載されていたので買って良かった、小川三郎さんの原稿も読めました。でも現代詩手帖で特集されていたボブ・ディランのことを深く読めた気はしなかったように思います。音源を買った方がましだと思うし、音楽誌や音楽批評書籍や、せめてノーベル賞に関連する文献の方が良かったのではないか、と。「何ヶ月前から特集を決めていたんだろう?」と夫に問いました。ちょっと苦笑していました。
 投稿欄がいっとう面白い。可能性の場と呼ぶのかな、それはどうか。3月号の投稿欄を見て私は如何思うのか怖い。5月〆(?)よく分かっていない面がありますが、投稿して2ヶ月後に掲載されているかどうか分かるという仕組み。3月(年度末)に送ったひとが載るのが5月ということか。700通も届くんだね700人も送るのか、と感心していたら、夫が、ひとりが複数送るんだよ、と云って、そういうことなのだろうなあとそっちに納得しましたが、複数投稿を嫌う選者もいると聞き、複数投稿したら一篇ずつの詩の価値が下がるわけではないのでそれは選者の氣分の問題だろうと思いました。不条理だし我儘で身勝手だと思う。数打ちゃ当たる為に複数の詩を送ったのか、何篇も詩が書けたから送ったのか判らないことはないのか。それらが総じて良い出来だったら、複数作同じ作者の詩を選べば良い。そういう掲載が出来ないと思い込んでいるのではないかな。全部予想だけれど。
 大体、現代詩手帖に関してこのへんに書いたことは全部予想です。想像です。
 書籍に払ったお金は詩人に還元されて欲しい。芸術家は仕事をしているのだから、仕事には支払いを。

 

火は綺麗

火は綺麗

 私は本当に絶対に、強く思う。文藝に還元が無いなら作家とは何だろう?

 

短歌研究 2017年 03 月号 [雑誌]

短歌研究 2017年 03 月号 [雑誌]

 短歌研究は尼崎市図書館に蔵書があったとのことなので、閲覧しにゆく。本当は現代詩手帖より短歌研究を買いたかった。自分のなかの予算に反している。ただ、図書館制度は有効なので、これは私が支払いを怠るとは考えていない。それから、珍しく書店店頭で探したけれど売り切れていた。
 馬場めぐみちゃんの短歌も掲載されているし、現代詩手帖よりも作品を多く読めるだろう。うーーーーん、どうしよう、と、こう考えて購入することを重ねてゆくと、以後書籍に掛けるお金と仕事の印刷費に圧迫が掛かる。それ知ってる。
 現代詩手帖を閲覧出来る場所を探すこと。というか、立ち読みして買うべきか否か検討出来るように書店に置いてある現場を探すこと。
 自分は自分で、無為に過ごす時間があるなら帖面に書きつけること。書くだけならいつまでも書けるのだから、今はまだ。
 そう云えば詩と思想の詩誌選出(?)を黒崎立体さんがなさっているという情報(未確認)ユリイカの4月号は大森靖子さんの特集だし、うーーーーーーーん、私は詩と思想も好きだし、また現代詩手帖よりもユリイカの方が好きなのでは。小倉拓也くんとお電話をしたときに現代詩手帖、と話した、その点だ……でもそれが大事だった……
詩と思想 2017年 03 月号 [雑誌]

詩と思想 2017年 03 月号 [雑誌]

ユリイカ 2017年3月号 特集=草間彌生 ―わが永遠の魂―

ユリイカ 2017年3月号 特集=草間彌生 ―わが永遠の魂―


  - - - - - キリトリ線 - - - - -

 なりたい。って何だ、という話題。なろうってネットスラングみたいに一部の層には通じる語があるけれど、あれも恥ずかしくて使えないな。

 

 色んなひとが読んでいるみたい、という恥ずかしい精神でこの本を買ってしまったのですが、《今すぐ歌人になりたいあなたのために》などというとても恥ずかしい副題が付いているのでちょっと困っています。そんなクィックリィな。インスタントを求めているかのような。書店だったら裏返しにしてレジに置くレヴェル。著者だったら付けたくないレヴェル。というか今すぐ歌人になりたいとは思っていないし、固より詩人になりたいとも作家になりたいとも画家になりたいともなんだともどうとも思ったことは無い。出来ることしかしない。呼吸したい、とか、のみものが欲しい、とかいう欲求しかない……って原始的だな。眠りたいとはときどき思う。眠気がきて欲しい、とは毎晩思う。電車に乗ったら楽な姿勢でいたい……原始的だな。心が原始に還る。心よ原始に戻れ。というのは歌のことで、私は人間が精神的に原始に還ってゆくイメージには嫌悪感を持っています。羊水が嫌いだからだ。
心よ原始に戻れ (高橋洋子 : オリジナル歌手) (映画「新世紀エヴァンゲリオン劇場版」より)

心よ原始に戻れ (高橋洋子 : オリジナル歌手) (映画「新世紀エヴァンゲリオン劇場版」より)


 3月5日、定型句・歌・詩の締切。
 3月31日、百人一首アンソロジー締切。
 自室でいっぱい絵を描きたい。少し片付ける。
 おやすみなさい。
     

a poet

 一部の他人のことを思い起こすのが苦しい。
 詩のことを考えるのが苦しい。
 無関係な世界にいたことがありましたか?



 この感情とは関係無く、現代詩フォーラムに置いていた詩の大方を削除した。一括削除出来ない仕様は屑だと思った。クランチマガジンとやっと縁を切ったが、退会しても私の書いたコメントなどは全てデータベースに残っているということで、またその仕様も屑だと思った。素人プログラマだからね、と夫に云われた。そうだね。


 詩人のことを考えるのが苦しい。行き場が無い。夜ばかり来る。無能でばかり居る。今夜は大変寒いです。

water mind

 画に対する思い入れも混乱していて、日々嫌だ嫌だと思っていて何十錠か薬をのんで、前と同じ構図で大きくした画を描いたけれどやっぱり駄目過ぎる、とブログの画像で見較べて歴然とした朝。分かっていたけれど改めて一目瞭然でした。
 画用紙と水彩絵の具の発色だけという世界も見返す。
 そう云えば美術でいちばん先生が見てくれたのは、私と水彩絵の具の関係だったし、振り返ったりしようと思いました。(この画は、にゃんしーさんの本『ポエムの墓』用に以前描いたものの一部)


 




 

blue

 大好きな映画が増えました。

blue [DVD]

blue [DVD]

 原作は魚喃キリコの漫画。ずっと前から憧れているのに買ったり読んだりしたことのない漫画です。
 ただDVDをつけたとき、ふと、(あ、山本直樹原作と大勘違いしていたら!)と思い(それもまた良し!)と思いました。
 [asin:B00GBLS3CO:detail]

BLUE

BLUE

 映画化されたらR指定でしょうか。
PERFECT BLUE [DVD]

PERFECT BLUE [DVD]

 ブルーって単語は綺麗で青って本当に自分にとっても大切な色で、それから世界にはblueと冠された作品も芸術も多いですね。『PERFECT BLUE』は自宅にあるのでまた観ましょう(夜中に観ると怖い……)こっちはR15だったような気がするのですがAmazonで閲覧するとそういう提示が見当たらないようです。大丈夫かしら。山本直樹と共にRが付く、という関連性は無いです。


 勿論、魚喃キリコでした。

 映画がとっても良かったので漫画も本当に読もうと思います。やっと今になって。 
 

Blue (Feelコミックス)

Blue (Feelコミックス)

 市川実和子小西真奈美の高校生役というのがとても良かった。
 小西真奈美のこんな役柄見られて本当に良かったです。『走れメルス』の零子さんの役も良いですが、良い女優さんですね〜。

 今、綺麗な大人の女優さんになっているひとたちが、実はこの映画で少女や空を演じていた、と出会ったときどきどきします。小西真奈美って演技力がとても高いのに漂わせる清純さは新人として現れたひとみたい。サウンドトラックも良かったです。ギターの部分も良かったけれどリコーダーの音が呼び起こすあどけない音のいとしいこと。

 少女の映画は。
 これとか!

櫻の園【HDリマスター版】 [DVD]

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 これとか!
ふたり デラックス版 [DVD]

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 心が燃えるな……。

 少女! というより、青春! というより、高校生!!! 私自身が高校の頃なんて苦しくてそれしか無かったのに高校時代のことがなんでこんなに眩しくて今胸苦しいのだろう。保健室で泣いてばかりだったし碌でもないことが本当に多く今に影響が至るまであったし、でも学年の子たちがみんな大好きだった。
 『blue』のなかで市川実和子演じる主人公は小西真奈美演じる同級生に「好き」と云う。彼女たちは生涯を通して同性愛者として過ごすわけじゃない、女子高生としてのカップルで、私自身中学高校を通して恋したいような女の子が沢山いたので切なくなりました。でも私は同性愛者として誰かとカップルにならずにみんな大好きで「恋の終わり」とか来なくて、男じゃなかったから「〜〜の方が好きだから」なんていう振られ方もしなくて、だから私は高校生の女の子の友だちと笑顔を合わせあうっていうことが大好きです。



 最近、レンタル落ち格安で売っていたので、『檸檬の頃』にも期待しています。たぶんこれも青春……。しかもレモン……!
 

檸檬のころ [DVD]

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檸檬のころ (幻冬舎文庫)

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