- 作者: フィリス・モリソン,フィリップ・モリソン,チャールズおよびレイ・イームズ事務所,村上陽一郎,村上公子
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
- 発売日: 1983/10/30
- メディア: 単行本
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【私はひとを差別するひとを差別することは出来ない】
そんな一文をwebで読んで混乱した。今になって考えれば、批難と差別は違うわけで、私はレイシストを批難するが、レイシストを差別してはいけないのだろう。(ここで溜息)
こんなに心に暗雲を立ち込ませているというのも、北朝鮮と韓国の対話が実現した日、FBに「日本人が拉致されたままならば二国は戦争していてくれた方がマシ」と書き込んだひとがいて猛烈に反発心を覚えたその、同じひとの文書を今日また読んでしまった、悪い癖だ、自傷行為みたいだ。
日本人に多くの権利を取得させる(という幻想を持ちたがる)為に、外国人(特に、中国、北朝鮮、韓国)を人間的に否定するのはやはり間違っている。
あのひとには子どもの頃、クラスに在日の生徒はいなかったのだろうか、とは云っても私の育った京都は、在日韓国人が多く、私の周りには一般よりも在日韓国人の友だちが多かった可能性はある。
子どもの頃戯れていたクラスメイトが、今や「嫌韓」という言葉に晒されているのだと思うと私には泣く権利も無い。ありえない。やめて。
昭和60年の日本に私は生まれた。
生まれた瞬間、アイデンティティを、というよりイデオロギーを、自動的に負わされた。敗戦国のルサンチマン、領土問題、高度経済成長、安保、友好的な国、非友好的な国、et cetera.
日本に生まれなくてもどんな子どもも生まれた瞬間、過去のおとなたちの作ったあらゆる汚らしい感情を負わされる。これは不幸だ。ただ生まれただけなのに、負の歴史がべったりとその人生に貼りつく。
はっきり云って、拉致被害者が亡くなることと、北朝鮮人の誰かが亡くなることは、私にとって平等に悼むべき事象である。それではいけないのか? それだから私は怒られているのか。どちらも私を愛し世話してくれた肉親やら恩人やら友人ではないのに、国籍が同じというだけでスイッチを変えることなんて出来ないよ。
私が殺されなければあの人が殺されるのですという事態が起きたとき、私はコルベ神父になれる自信は無い。更に云うと、私の弟が殺されなければあのお姉さんの弟が殺されるのだと迫られたとき取るべき態度が正直云って解らない。
そんな事態を招く前に事は片付けられるべきだ、としか云い様が無い。私は思考も行動も出来ず、学ぶことさえ怠り、読書も覚束ない。情けないことだらけだ。でもこの情けなさは、私が生まれた瞬間に歴史が私に貼り付けた闇にも起因しているのだ、だけど、対抗するしかない。そんな運命の為に生まれるなんて思いたくないのに。
でも、たぶんあなたも我が国の象徴である天皇陛下は、何処の国の戦争に対しても悲しみの意を表されるだろうと、思わないかい? 私は思うな。
◯
プロジェクタでLADY BABYの映像を観る。
「きみはキレイなものの世界に囲まれて生きてきたんでしょ」と先日云われた。結構心が折れた。自分にとってのキレイを探したり創ったりして生きているのは事実だ。悪いかよ? 悪いのかよ。
否、または、世間知らずだと責められたのか。
十何度めかの『スカイクロラ』を観た。観る都度切なくて吐きそうになる。嘔吐という感動表現は嗚咽が更に噎せ込み上げて堪らないときの感動だ。嗚咽で嘔吐いてくるしい。本当にせつない映画だ。原作は、「せつない」という感覚ではなかったのだけれど、映画化されたものからは違う感傷に悩まされている。そして何度も観る。科白を多く暗記している。
不二家レストランに行った。不二家レストランは──特に週末は──お誕生日を迎えるひと、子どもで溢れている。何十分かにいちど、「本日ご来店の〜〜くんが、〜歳のお誕生日をお迎えになりました。ご来店の皆さまも、あたたかい拍手でお祝いください。〜〜くん、おめでとう」という放送が静かに流れ、〜〜くんの席では店員さんが参加したお祝いがおこなわれている。
家人Cさんが食事をしながら、「ここは幸せでいいね。お誕生日に溢れている」と云った。私は冗談に、「本日ご来店の、にゃんしーくんが、36歳のお誕生日をお迎えになりました。にゃんしーくん、おめでとう」と云って、「誕生日にここに来る?」と云ったら、否定したけれどまんざら冗談でもないようだった。
不二家レストランではホワイトソースが美味しすぎてグラタンばかり食べてしまう。Cさんのとった食事はホイル焼きのなかにハンバーグとステーキが両方入っていて、なんだかとても羨ましいようになってしまったのだけれど、私はこのグラタンのホワイトソースの美味しさのことばかり考えてしまう。
ψの悲劇 The Tragedy of ψ (講談社ノベルス)