薄荷塔日記

飛び石を渉れない。

12日:自転車事故

 12日に洗濯物を干していたら(私が鈍間なので洗濯物を干す時間が日照時間よりもかなり勿体無い。本当に如何にかしたい、そんなことは兎も角)母親らしきひとの長く高い声が聞こえてきて、大通りに面しているので丁度そのとき、自転車の後部に乗っていただろう子どもが、子ども用の椅子とばらばらに自転車から外れて道に吹っ飛んでゆくのが見えた。心も体も凍った。思わずベランダから「救急車! 救急車!」と私が声をあげて、マンションの隣の部屋のひとも出てきた。勿論、2階のベランダなどから声を出さなくても路上にいたひとが直ぐに電話を掛けていたのだけれど。

 子どもは道に吹っ飛ばされて倒れたまま動かず、歩道に寝かされ、母親が様子を見ていた。母親がそこまで取り乱してはいないようで不幸中の幸いだったと思う。普通半狂乱になってもおかしくないような気がするのに立派なことだと思う。
 頭を強打したのではないかと思うと震えが止まらなかった。携帯端末があって、誰でも何処でも直ぐに救急車を呼べるのも不幸中の幸いだ。
 小さな子どもが頭部を強打してもう動かないのだと思うと怖くて堪らなくてベランダで洗濯物を持ったまま泣いて見ていた。救急車は早くやってきて、子どもは少し腕を動かしたようにも見えた。頭部損傷や脊椎損傷で麻痺していることはないように見て取れたが、泣いてしまうし震えは止まらなかった。

 子どもが椅子から身を乗り出したのか、椅子が自転車から外れたのか、それとも車が当て逃げをしたのか(何故かこの道は自転車道が車道の端にあるのだ)よく判らない。ただ、救急車が去っていったあと、警察が大々的に道に何かを広げて調査をしていたので、もしかしたら当て逃げをした車の捜査なのだろうか、と思った。
 あんなに小さい子どもがあんな目に遭うような、そんな世界で、生きていけない。ちからなくそんな風に思って、それは弱気というより、私は大体いつもそんな風に挫けている。こういう事件目撃をtwitterに投稿すると、何かが解消されて、何かは澱になって遺ったままになる。だから日記にしておく。


 尼崎は自転車事故率が、日本で1、2を争うほど高いと聞く。私も違反をしていないわけではないけれど(正確に云うと三輪車の荷籠に乗っていることがあって、これが二人乗りの違反なのかどうかちょっと怪しい)無灯火などは頼むから止めてくれと思うし、自転車を引いて走るべき地下道を運転してゆくひとも怖い。
 ただ、事故を見ていた見知らぬおばさんがそのひとの見知らぬであろうお姉さんに「あんたも子どもいるんやろ、気をつけや」と云っていたまで目撃して、冷たい街ではないのだと思う。傘差し運転もスマートフォンもイヤフォンも無灯火もふたり乗りも多いのでもうなんとも云えないのだけれど。

 子どもが怪我をするのを見るのは本当に悲しく恐ろしい。



 ずっとずっと前、結婚する前、家人が尼崎の借家に住み始め京都から通っていた頃、駅から家まで遠いので現家人の自転車の後ろに乗って、ふたりで「夏の魔物」のSpitzヴァージョンで「なーつーのーまーもーのに、会いたかったー会いたかったー会いたかったー会いたかったー」と夜道を歌いながらJR尼崎駅に向かっていたらお巡りさんに呼び止められたことがある。自転車の取り締まりは今よりも厳しくなかったような気がするが、お巡りさんは「(警官に)気づけよ」と呆れて注意された。



 無事、恢復しますように、祈っている。本当に私の人生は祈ることしか出来ない。



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 ウィルキンソンの王冠のなかで育つ小枝。