薄荷塔ニッキ

飛び石を渉れない。

84追記

 1月1日の「84」について、ちょっと追記です。

 1984年生にひとが多いという文章中に、詩人の'84生の詩誌を作ることになったのは黒崎立体さんと対話した結果だという文脈を含めなかったことが不適切だと指摘されたのでここに追記します。前々から文学フリマ関係で出会ったひとと84年についての話をしていたので油断した表現になりました。でも84は誰のものだとも私のものだとも思っていないし、発起人を明記するより全員の名前を伝えたかったので、特に訂正はしません。

 PDF誌が誰のものか強いて云うなら、それぞれの頁がそれぞれの詩人のものだと捉えてるので、発行元を一元化しないでいたいです(そうではない私の企画なら、白昼社から企画書を立てていたと思います)この詩誌については、私はワードプロセッサと同じ機能しかしませんし、こういう書き方はどうでしょうかと提案するというような編集者として動くつもりはないです。

 「人脈」という語があることも適切ではないと云われましたが、これについては何に変更すれば良いのか思い当たらないのでこのままにしておきます。黒崎立体さんに於かれましては、「人脈」と「コネ」は違うことを理解して下さい。人脈は単なる他人との社会的繋がりで、手づるで利を得ようとするものがコネです。意味を混同しないで下さい、それとも私が他人と知り合ってはいけないの?

 なんか、隠しても暴露されているので、この叱られてしまった件の該当blogを一応リンクしておきますね。どちらにしろもう黒い感じなのであんまり読んで欲しいわけでもないのですが、あちらからここにリンクも貼られているので。

 「人脈」と「コネ」は違うし、私は特にどちらも要りません。頼みますよ全く。第一立体さんを通じて立体さんの詩を鑑賞することの他に私は何を手に入れたんですかね。ごめん分からない。自覚も無いのかってまた怒られるのかな。

 私は今も前からも、黒崎立体さんの詩を読んできたので目下没交渉な感じで悲しいのですが、ただ、現行参加詩人のモチヴェーションに影響を与えるような発言は止めて下さい、とここに書きます。blog記事にて誌自体は楽しみにしていると表明されています。それならば、Tweetやblog記事で84のひとりである私を貶すことによって泉由良以外の84詩人がどんな気分になるか、きちんと考えて発言して頂きたい。この点、お願いします。(それ以上に耐えられないほど不愉快なら、私が84から下りるから立体さんが呼びたかったひとたちと立体さんで誌を作られたら良いと思います。やりたいと思うなら編集くらい出来る筈です)