薄荷塔ニッキ

飛び石を渉れない。

ナンとナヤさん

 ナヤちゃんと印度カレーを食べにいきました。彼女のノロウィルス全快祝いでもあります。今、偶然ナヤ氏と私はご近所さんなので私の家まで彼女が呼びにきて連れだって歩いてゆきました。ナヤ氏は自転車を引いていたのですが、私が歩きだったので合わせて貰ったのです。

 近所にはタイ政府公認のタイカレーのお店もあるので、最初は彼女がカレーを食べようと云ったときはそのタイカレーのことかと思ったのですが、妖怪商店街の方に印度カレーのお店もあるのだと云われました。それは知らなかったので楽しみにして行きました。山葵やマスタードは苦手ですが、辛いカレーは好きです。タイカレーのところも美味しくて前に友人と行ったことがありますが、日本にカレー店を出すことに何故政府が絡むのかは分かりません。タイの政府はカレーに非常に厳格なのか。

 印度カレーのお店に入って、私はスープカレーとナンを頼みました。ジンジャーワインをのみものに付けたら、ナヤ氏が「またこのひとは酒を頼んだ……」みたいな目で見ました。彼女は私のことを大酒のみだと思っている節があります。そうでもないのにね。ナヤ氏は何かセットのようなものを注文しました。

 出して貰ったナンがびっくりするほど大きくて、これでは満腹以上になるぞ、と思いましたが、スープカレーが美味しかったので我ながら驚く早さで食べました。ナヤ氏のプレートにはタンドリーチキンが付いていました。お皿はステンレス製で、本場の感です。店員さんも異国の方です。印度カレーのお店なので、たぶん印度人です。

    #

 食後、前々からふたりで行こうと云っていた北野天満宮の天神さんの市にゆきました。天神さんは毎月25日なのですが、いつもタイミングを逃していたのです。ナヤ氏は美術に造詣のある女の子なので、古物市にゆくと何と発言をするだろうか興味を持って、私はずっと一緒に行きたかったのでした。師走の終い天神なので一層混んでいました。元旦の初天神でもっと混むことでしょう。

 ナヤさんは私より5歳ほど年下なのですが、カルメ焼きを珍しがったり、露店の塩ビ人形を指差して私が「トッポジージョだよ!」と教えても「なんですかそれ」と云ったりして、わあジェネレーションギャップッ! と痛感しました。トッポジージョだよトッポジージョ! きみは知らないのか。挙げ句「ていうかその人形ちょっと恐いし」などと云われました。その後も私は大方「あのお人形欲しい」とか「古いリカちゃん可愛いあれ滅多に無いよ」とか玩具の系統に喜び、彼女は焼き物などに興味を示していました。「お猪口ですね」と云ったりして店主の方が「お酒にいいよー僕はのめへんけどねー」と笑顔で云うとナヤさんは「このひと凄いのみますよ」みたいな風に私を示して云いました。告げ口だ! やはり大酒のみだと思っているようです。考え過ぎだよぉ。
 彼女は苺大福も食べていらっしゃいました。焼き物は色々と関心を持てたらしく、だいぶ歩いてから「私あの歩き出しそうな器のところに戻って買ってくる」と云って彼女は戻ってゆきました。
 その露店では最初に彼女は醤油注し的なものを見て「歩き出しそうですね」と云い、店主さんも同意していたようで、私には無かった形容なので感度よのう、と思ったのですが、その後ぼろぼろに古いスヌーピーの時計を見て「あれ素敵!」と私が歓声をあげると彼女は「あれ動かないですね」と発言したので、温度が違うよのう、と思いました。年齢差か性格の違いか両方か。

    #

 天神さんを通り抜けて彼女と別れ、平野神社に入ると桜が咲いていました。え、と思って近付くと「寒桜」という木札が幹に掛けてありました。なるほど、寒桜。平野神社はそう大きな神社ではありませんが、綺麗な桜苑があって春になると奥の桜苑も開放され賑わう神社です。中国人のお姉さんのツーショットを桜の木のところで撮影してあげたら「日本の女ノ子撮りたいデス」と云われ逆に私も桜の木の下で写して貰いました。機器は白いiPhoneでした。
 実家に帰って母にその話をすると、私は赤子だった頃か、平安神宮だか何処かでも外国人が撮りたいと云って撮影されたそうです。考えると小学生のときもランドセルを背負って歩いていたら外国の観光客らしきひとが写真を撮っていました。世界に散らばる私と私たち。私たち?

    #

20121231074039

 美味しく食べた、とは謂えどもやはり昼食の巨大なナンはヴォリュームがあったらしく、実家で夕食を頂こうとしても殆ど食べられず千枚漬けばかり摘みました。千枚漬けは、大阪に住んでいたときに焦がれたほどに好きなので「これ全部食べたら塩分過多だよね、ママ、あと1枚食べたらもう隠して!」と頼んだら母は「自分の意志の力でやってみて」と応じました。意志で征服出来ないから頼んだのだのにさー。仕方が無いので他のお皿をずらして、自分で隠しました。意志の力。

    #

 遅くに帰宅した父に自分の家まで送ってもらいました。車のなかで父が「NHKのラヂヲでやくしまるとかいうひとが喋っていて……」と云い、まるえつじゃないの! と思って「相対性理論だよ!!」と私の脳内はときめきましたが父は相対性理論を知らなかったようで「変な話するひとだった」と云っていました。「酸素水素二酸化炭素みたいな?」と云うと「そうそう、」と云っていました。 車を降りた私は相対性理論の“元素紀行”を脳内で流しながら、さんそ・すいそにさんかたんそ、のテンポで階段を上がって帰宅しました。