薄荷塔ニッキ

飛び石を渉れない。

恣意セシル短篇集『ハルシオン』感想

 来る次回の文学フリマは11月3日です。サークル名『35℃』で参加される恣意セシルさんに、前回の文フリで購入致しました短篇集『ハルシオン』の感想をお送りさせて頂いたので、ここでも一部公開します。セシル氏の『35℃』、当日是非どうぞ。新刊もあるそうです。後ほどブースナンバが分かり次第追記しますね。

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 『ハルシオン』は3本の短篇集、「柘榴」、「アカツキ」、「ハルシオン」の構成。「柘榴」で暗い紅に見えた世界が「アカツキ」で淡水にさぁっと変わり、「ハルシオン」では細くはあるが確かに輝く光が射し込むかのような、色彩を見せる構成だった。留意して欲しいのは、決して「薄い色の付いた小説群」は「儚い」ものではないということである。「儚い」は世間にざらざらと転がっていて大抵は下らない。手垢だらけで通読したくもない。そんな通俗な美意識など要らない。「儚い」などというものに取りかかる筆者はもっと心して掛からないといけないだろう、といつも私は思うのだ。でもこの本の感触は「儚い」では決してなく「色づく」というところなのだ。氾濫する「儚い」ではなく、氏の文章は「薄いけれど確かに色を塗られた」小説なのだ。白い画用紙をただ一回でも、ほんの僅かな僅かな量の絵の具でも、たっぷり水ばかりで含ませた筆をのせた瞬間、それはもう白紙に戻れることはない。その決定的であること。確実に無ではないこと。

 抽象的過ぎることを書いているかも知れないので恣意セシル氏には申し訳ない。『ハルシオン』は多くの感情量や具現や出来事、事件の顛末は出さない。だから「物語性」という点で比較の場に出されるとときに負けるかも知れない。しかし私は希望と呼んでも良い気がするような、細い光のすじが射し込むのを見た。『ハルシオン』の姿は極端にいうとその光を提示するだけだ。しかしそのヤコブの梯子のような明るさを眼に与えるこの本に、私は満足して読み終えた。

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