薄荷塔ニッキ

飛び石を渉れない。

柳美里『フルハウス』


フルハウス


家というものはおかしい。ふいにひとが消えたり現れたりする。

家はにわかに膨張しはじめたように感じられた。
 離散した家族と再び一緒に暮らそうと家を建てた父親。家があれば家族が再生出来るとでも思っているかのように。娘たちが寄り付かないあいだに、父はホームレスの一家をその家に暮らさせることになる。主人公の素美は彼らが一銭も持っていないことを理由に追い出せず。
 父の虚勢と虚ろが転換し続ける描写がリアルに迫る。

雨はいつしか肉感的などしゃぶりになっていた。

 この一文が凄い。“肉感的などしゃぶり”

 思春期の一歩手前の少女を登場させるのはギミックとして有りがちだけれど、少女とはそういうものだから仕方が無いのかも知れない。結末も良かった。



「もやし」


私はひとと関係をむすびたいと思っても、友情や愛情などなにかを足し合おうとは思わない。たがいに欠け落ちたものをたしかめてみるだけだ。

私の意識は部屋のなかを歩きまわって、怖いと思われる場所を捜す。

 云ってしまえばただの不倫の小説なのに、どうしてここまで命懸けに狂っているのだろう。計算されたものではないと思われるような狂気が段々色濃くなって、怒濤のように鬼気迫る。

過去に生きるのは、現在を生きるよりいごこちがよい。

 しばしば思うことだけれど、まともに生きられるひとの方が、異常だ。


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